前学長野田忠先生の瑞宝中受章記念祝賀会

令和元年春の叙勲において、本学の前(第2代)学長の野田忠先生が瑞宝中綬章を受章されたことは、以前(本年5/21付)のブログに記載しました。https://nur.ac.jp/president_blog/diary/1337/

ご報告が遅くなりましたが、8月30日(金)夜、村上市瀬波温泉のホテル「大観荘せなみの湯」に於いて、野田先生の叙勲受章を記念した祝賀会を開催いたしました。この祝賀会は、本学園理事が中心となって発起人(発起人代表は理事の川崎久様)を務め、野田先生ご本人の意向により、村上の地で関係の深かった方たちを中心にお招きする会ということで開催しました。当日は、地元選出の議員の方や、村上市長を始めとする市議会議員の方々、地域の区長会や老人クラブ関連で親交のあった方々など、総勢55名にご出席いただき、盛大な会となりました。

祝賀会は、式典と祝宴の2部構成で行いましたが、私は祝宴の席において、野田先生のこれまでの(村上着任までの)知られざるエピソードをまとめ、披露させていただきました。そのスピーチの一部を、以下に紹介します。

 

野田先生、記念すべき令和になって最初の叙勲の受章、まことにおめでとうございます。

私は、おそらく今日参加されている皆さんの中では、もっとも早い時期から、先生を知っていると思いますので、そんな頃からの知られざるエピソードを交えてご紹介させていただこうと思います。

野田先生と私が最初に出会ったのは、今からおよそ40年前のことになります。私が新潟大学歯学部に入学した、その年に、新しく小児歯科学講座が開設され、野田先生は前職である国立小児病院より着任されました。

その後、私も学年が進み、専門科目の講義が入ってくるようになると、野田先生から小児歯科学を教えていただきました。当時、多くの科目で高価な専門書を購入させられ、貧乏な歯学生としてはお金がなく困っていたのですが、小児歯科は、手作りの製本した白い表紙の冊子を教科書代わりに渡されました。そして、その冊子に沿って講義を進めていただけたので、とてもわかりやすく、書き込みもでき、たいへん助かりました。

臨床実習が始まると、附属病院の各診療科をローテーションで回ることになったのですが、待合室がいつも一番混雑し、遅くまで診療をされていたのは小児歯科でした。当時は乳歯の虫歯が多発していた時代であり、また、小児を専門に扱う歯科医師も少なかったこともあり、野田先生の評判は全国各地に広がり、遠くは青森から治療に来るお子さんやご家族もいらっしゃいました。

野田先生は、時には鼻歌交じりで、非常にスマートに診療されていたのが印象的でした。付き添いのお母様やご家族の方の信頼も厚く、私もこのようにできたら、いいなあと、ひそかにあこがれていました。

さて、歯学部の卒業式・謝恩会の後の2次会では、卒後に入局する予定の教室の先生方に連れられて行くのが恒例になっていたのですが、私は卒後すぐに、新潟市内の歯科医院に就職することが決まっていましたので、参加できる2次会がなく困惑していました。そうしたところ、小児歯科のどなたかから、一緒に来ないかと誘っていただき、野田先生たちといっしょに、新潟古町の飲み屋さんに繰り出すことになりました。そこに向かって歩いている途中で、~中略~

私は卒後、一年臨床を経験した後、歯学部に戻り、基礎系の口腔生理学講座に入局しました。当時、口腔生理学講座は、小児歯科学講座と一番交流があり、小児歯科学講座の大学院生の多くが、口腔生理学講座で博士論文のための実験や研究をしていました。私がいただいた研究テーマも、小児歯科の先生方が研究されていた内容を引き継ぐものであり、その後も、小児歯科の先生といっしょに多くの動物実験をさせていただきました。そんなこんなで、私が博士号を修得する際の副査のひとりが野田先生でした。博士号を取得したのは30年近く前の話になりますが、その時、お祝いに、~中略~

それから、野田先生は新潟大学の学際的オムニバス科目である、「食べる」という科目のコーディネートを担当されていました。この「食べる」という科目は、100人の定員のところ、1,000人の受講希望者が集まるほどの盛況ぶりでした。さらに、その講義内容をまとめ、5冊の小冊子として「食べる」「続食べる」「食べる 成育編」「新潟発 食べる」「食べる 介護編」とを編集出版されました。私も光栄なことに、「食べる」のオムニバス教員のひとりとして、講義の一部を担当させていただき、小冊子も分担で執筆させていただきました。なお、「食べる」で、野田先生は、平成17年度の新潟大学教育褒賞を受賞されています。

その後、平成19年3月に野田先生は新潟大学を定年退職されることになりました。ちょうどその年の4月から、本学の前身である新潟リハビリテーション大学院大学が開学する運びとなり、当時、私が新潟大学からこちらに異動することが先に決まっていました。その後、設置準備室室長であられた現本学教授の伊林先生より、もうひとり新潟大学から来ていただけないか、という依頼が、当時、私の直属の上司であり歯学部長だった山田好秋先生にあり、ちょうど定年退職される野田先生が、いいのでは、ということになり、野田先生の研究室に、私がお願いに行き、快諾していただいたというのが、今日のこの日に繋がる発端だったのではないかと思います。

ここまでお話ししてきた通り、私は、学生時代から教員となって新潟大学に携わっていた期間、途中で出入りはありましたが、野田先生も、ほぼ同時期にちょうど同じ期間、新潟大学にいらっしゃいました。そして、いっしょに本学に異動してきて、野田先生は第2代学長に就任され、それを今私が引き継いでいるという、運命を感じています。

長くなりましたので、運命を感じる話の暴露はこれくらいにして、野田先生、今後もお元気で、ご活躍されることを祈念しています。このたびの受章、まことにおめでとうございます。

 

叙勲受章を心からお祝い申し上げるとともに、今後もご健勝にてご活躍いただくことを祈念申し上げます。

第25回日本摂食嚥下リハビリテーション学会学術大会

9月6~7日(金~土)に、新潟市の朱鷺メッセ・万代島多目的広場大かまにおいて「第25回日本摂食嚥下リハビリテーション学会学術大会」が開催されました。25回開催のうち、新潟での開催は実に4回目。東京の4回と並ぶトップの開催回数です。新潟が、我が国の摂食嚥下領域の研究において、主要な地のひとつとなっている証拠でもあるでしょうか?

本学会は会員数が年々増加しており、現在17,000人を超え、今回の学会の参加者も5,500人を超えたと速報での報告がありました。会員の構成は言語聴覚士、歯科医師のほか、医師、看護師、栄養士、歯科衛生士、理学療法士、作業療法士などを含み、多職種連携分野であることから、学術大会では,それぞれの立場から発表しているのが特徴的です。

参加者の多さは、朝の新潟駅前の混雑ぶりにも表れていました。早朝から熱心な参加者たちにより、朱鷺メッセ行きのバスを待つ長蛇の列が、駅の端から端まで形成されていました。そして酷暑の日だったこともあり、私も会場に到達するまでに汗だくとなってしまいました。さらに、ポスター発表会場である「万代島多目的広場大かま(写真右は会場から川の方向を臨んだもの)」は、川からの風が通るものの、まるで蒸し風呂のようで、皆、うちわを使って仰ぎながらの発表や質疑応答となりました。会場内では、涼を誘う、かき氷や甘酒、飲み物なども振る舞われていましたが、各日とも早々に提供数が終了していました。

さて、今回のテーマは「食べるを支える~地域リハビリテーションの今・未来~」で、興味深い発表が多くありました。私も共同演者として「顔面皮膚への水刺激による嚥下の誘発について」の発表がありました。発表の前日まで原稿修正が続くなど、バタバタしていて準備不足ではありましたが、最終的には、おもしろい話題を提供できたのではないかと思います。演者の高橋圭三先生(言語聴覚士)が高校生の頃からの日常経験で気づき、不思議に思っていた現象を、今回、実験して確かめたものであります。今後、精細な研究を重ねていくことで、新しい発見に繋がるかもしれないと、ひそかに期待しています。

そして、学会場では、普段なかなか会えない人と会えるのも楽しみであります。本学大学院修了生や学部卒業生にも、何人かと会うことができました。そして、前職時代に実験・研究で関わらせていただいたことのある、現日本摂食嚥下リハビリテーション学会理事長の植田耕一郎先生(日本大学歯学部教授・附属歯科病院副院長)にも、久しぶりにお会いしてお話しをすることができ、うれしく思いました。

頑張っている皆さんの熱気に包まれ、大いに刺激を受けた学会でした。

お盆休みが明けて1週間

ここ数日は、全国的に見ても大気の状態が非常に不安定になっているとのこと、当地も特に今朝は非常に激しい雨に見舞われ、土砂災害警戒情報も発令されました。お昼を過ぎた今は、雨も上がり、外は静かになっています。近辺での洪水や土砂災害の情報も、今のところ入ってきていません。

さて、ブログの更新を長い間、怠っていました。久しぶりです。その間、活動を休止していたり、不在だったり、調子が悪かったりしていたわけではなく、単純にブログを書く時間が不足していたためです。今年の夏は、いつもの年にもまして忙しく慌ただしい… どうしてだろうと考えると、来年度2020年という節目を迎えるにあたり、ちょうど区切りがいいのか? 教育行政関連はもちろん、さまざまなものの仕組みや体制が新しくなったり、変更になったりすることがあり、そのための準備やら書類書きやらが、やたらにこの時期に押し寄せてきている、ということが一因として挙げられます。加えて、最近は毎日のように教育・研究・管理運営・社会貢献・国際交流等、それぞれの領域に関する調査(アンケート)依頼が、文科省をはじめとしてさまざまな発信元から届いて回答を求められたり、頻繁に様々な事柄に対して自己点検評価が求められたりと… 本学のような小さい大学では一人が何役も同時進行でこなしていかなくてはならず、結果、私もブログ更新の優先順位が、他の締め切りのあるものと比べて、低くなっていたのです。←とここまでは、言い訳です。

そんなこんなで、日ごろは大学運営で時間を割かれていて、講義の準備もままならないため、お盆休み中は、講義のスライド作りに専念していました。そして、休みが明け、月曜から今日の金曜まで5日経ちました。この5日間の主な出来事のみをピックアップして、以下に簡略に書きたいと思います。

19日(月)は臨時教授会を開催しました。例年、学生が夏季休暇中の8月は、教授会も開催しないのですが、今年度は上述したように、審議事項が多く、開催せざるを得なくなったのです。理学療法士作業療法士学校養成施設指定規則が改定され、2020年度の入学生から新しい規則が適用されます。これに伴い、新規則に適合するカリキュラムの用意が必要になり、そのための審議(最終決定)を行う必要がありました。また、中長期計画の見直しや、教員評価制度についても議題として取り上げました。休み明け初日からハードな内容でした。

21日(水)は、学部生のための就職説明会を午前、午後の部に分けて、本学で開催しました(写真)。県内外から多くの病院、施設等の採用担当者等、関係者の方々にお越しいただきました。暑さ厳しい中、本当にありがとうございました。学生は希望するブースを訪れては、さまざまな情報を集めていました。私も大学院研究科長として、大学院紹介のブースを設けました。男子学生たちが何名か立ち寄ってくれ説明を聞いていきました。

22日(木)は、大学院の講義を、主にサテライトキャンパスにウエブ配信(放送大学の教材のようなもの)するための収録を行いました。学生相手でなく、一人でパソコンの画面に向かって話すという作業は、意外と大変であり、収録後は、どっと疲れました。9月中旬まで、あと何回か、この作業が必要です。

今日23日(金)は、AO入試プレゼミナールの日でした。上述した通りの大雨の影響で、JRにも遅延が発生し、プレゼミナールへの影響も心配しましたが、無事に終了しました。受験生の皆さんには、駅と本学間の無料送迎スクールバスも利用していただきました。

来週もさまざまな行事等が目白押しです! 蒸し暑さで体力も消耗しがちですが、なんとか乗り切っていかなければ…

高等教育コンソーシアムにいがた大学連携部会SD研修会に参加してきました

7月26日(金)に、高等教育コンソーシアムにいがた(新潟県内の大学等が相互に連携・協力し、教育・ 研究の質的向上と発展を実現する組織)大学連携部会主催のSD研修会(SD:スタッフ・デベロップメントのこと。SDは、数年前と最近ではその対象が変わりました。以前はSDというと事務職員や技術職員のみを対象としていましたが、大学設置基準の改正により、事務職員のほか教員や学長等の大学執行部も含まれるようになりました。しかし、依然として教員はFD、事務職員はSDという認識を持っている方が多いように思います。)が、日本歯科大学新潟生命歯学部アイヴイホールで開催されました。参加者は、やはり、ほとんどの方が事務職員のようでしたが、興味あるテーマだったので、私も参加してきました。

今回のテーマは、「暴力団等反社会的勢力の現状と近時の考え方(不当要求に対する対応要領)であり、趣旨は「クレーム等不当要求への対応について、危機管理担当者、各部門の管理職、窓口担当者への意識付けと対応のノウハウを学ぶ」でした。講師は新潟県暴力追放運動推進センター専務理事の志賀氏でした。窓口対応者・電話対応者における、クレーマーへの初期対応としても重要な事を学ぶことができる研修でありました。これまでの私の中での概念が覆されるような内容もあり、たいへん参考になりました。クレーマー等、不当要求対応要領について、基本的な12項目を教えていただきました。その内容は本ブログでは省略いたします。さらに、いざという時のために、職場に「不当要求防止責任者」を置き、受講修了証やステッカーを応接室や目立つところに貼っておくと良いとのこと。これにより平時から警察や暴追センター、弁護士会等と連携がとれ、必要な支援を受けやすくなるとのことでした。

本研修会の後半には、ロールプレイもあり、講師の志賀氏が迫力のある暴力団員に扮し、参加者たちを相手に、さまざまな場面における電話対応の模擬練習が行われました。

研修会終了後は、日本歯科大学新潟生命歯学部に併設されている「医の博物館」に立ち寄りました。わが国で唯一の医学博物館ということで、江戸時代から昭和時代に至る、医・歯・薬に関する貴重な史料、約5,000点が展示・保管されています。たとえば、「杉田玄白・前野良沢:解体新書」や「ダーウィン:種の起源」「ナイチンゲール:自筆の手紙」など、内容は非常に充実しています。しかも入場は無料です!

こころとからだの健康づくり研究センターの活動概要が決まりました

本学は、地域連携に関する取り組みは多数の実績があるものの、産学連携に関する活動は、分野の性質上、あまり活発に行われていませんでした。そこで、今後、本学の教育・研究分野の特徴を活かした産学連携事業をいかに展開していくかということが、大きな課題となっていました。それには、健康づくりに関する地場産業や一般企業との連携をどのように構築していくかという課題が含まれています。

これらの点を踏まえて、今年度4月に「こころとからだの健康づくり研究センター」(以下研究センター)を設置し、専任のセンター長を迎えました。すでに学内に設置されている地域連携推進室と調査・研究機能を持った研究センターとの共同により、地域・産学連携における実践と調査・研究の組織が整備されたといえます。

このたび、研究センターが推進していく事業と絡め、「令和元年度新潟県産学連携による人材育成・定着促進支援事業」に申請書を提出させていただきました。申請テーマは「地場産業、地域を巻き込んだ健康づくり事業を通して「学ぶ」「参加交流する」「定着する機会」の観点からの人材育成」であります。

本事業の目的、すなわち研究センターが推進していく主な活動とは、①「産業界との連携体制の強化(構築)」:企業における生活習慣病や運動機能低下の予防についてのコンサルティングを行うこと、②「産学連携による地域産業人材育成プログラムの実施」:地場産業、一般企業に運動器慢性疼痛予防のプログラムや地域包括ケアシステムにおける介護予防事業などを行うこと、③「社会人のリカレント教育スキルアップ教育の実施」:健康づくりに関する公開講座、履修証明プログラムの検討を行うことによって、人材育成がなされること、であります。そして、最終的に、地域を活性化して魅力ある地域づくりを行い、県内に定着する人材の育成および学生の県内就職率の向上を目指します。

これらの事業を実施していくことにより、最終的には次のような効果が予測されます。

〇地場産業、一般企業における腰痛等の運動器慢性疼痛予防や口腔機能向上などへの関心が高まり、健康づくりにおける「無関心層」の減少が認められます。〇地場産業等における産学連携が構築されて、労働者の運動器慢性疼痛予防プログラムに寄与するシステムが稼働しています。〇地域の健康づくりや介護予防事業に貢献できる人材育成ができています。〇地域活動、地域の保育園、小学校、中学校の活動に積極的に参加交流して、学生の能力を地域活動活性化に生かすネットワークが構築されています。〇公開講座受講者200人(5年間)の実績をあげて、履修証明プログラム開講への取り組みがなされ、社会人のリカレント教育が促進されています。〇学生は、以上のような活動に積極的に関わり、地域の人材育成、県内に定着する機会の促進につながっています。

少子超高齢化が進んでいる本地域においては、学生たちの若い力は貴重であり、地域づくりに参加する学生が先輩から後輩に受け継がれるような流れを確立する必要があります。

本事業申請のプレゼンテーション審査会が、24日(木)に新潟県自治会館であります。研究センター長が発表されますが、私も質疑応答に備え同席する予定にしています。申請が通る、通らないに関わらず、上記の活動は、研究センターの事業として推進していきます。

長岡崇徳大学の開学記念式典に出席してきました

6月28日(金)に、長岡崇徳大学の開学記念式典がホテルニューオータニ長岡で開催され、その後、大学に移動しての校舎見学会がありました。

長岡崇徳大学は、長岡市を中心とした新潟県中越地域初の看護大学として、今年4月に開学したばかりの大学です。看護学部看護学科入学定員80名という、本学同様の1学部1学科という小規模で、医療系資格を目指す教育体制を整えています。

記念式典は、学校法人悠久崇徳学園の理事長である田宮 崇(たみや たかし)氏によるご挨拶から始まりました。田宮氏は、まず、「崇徳厚生事業団」通称「長岡医療と福祉の里」に関係する法人、患者様、業者様、ボランティアの方々、職員等関係者を始め地域の方々からご寄付やご支援をいただいて設立されたという経緯とそれに対するお礼を述べられました。そして、県内はもとより広く世界に羽ばたけるような広い視野の持てる教養と、永らく崇徳厚生事業団が対応してきたターミナルケア、地域包括ケア、精神・認知症ケア・災害看護等を重視した特色のある養成教育を行っていきたいと抱負を述べられました。

続く、森 啓(もり ひろし)学長のご挨拶では、開学までの文部科学省設置審査関連書類の作成や、開学準備のための大変なご苦労があったことを述べられました。同様の業務に関わったことのある私にとっては、非常によくわかる、心に刺さる内容として受け止めました。

理事長のご挨拶にあった「長岡医療と福祉の里」グループは、学校法人悠久崇徳学園を含めた6法人で構成されるグループの総称で、病院・福祉施設等により構成され、全国に先駆けて、「地域包括ケアシステム」を実践しているとのことです。本学学生も、医療法人崇徳会の病院をはじめ、グループ施設には、臨床実習で大変お世話になっています。

式典終了後は、歓談会が催され、スイーツや飲み物がふるまわれました。歓談会もソコソコに、大学校舎へのバスツアーに参加いたしました。大型バスを一台借り切っての移動であり、長岡駅から30分程度かかり、小高い場所に到着しました。校舎は、6階建て、非常に広く、廊下も教室も実習室も、とてもゆったりしており、新しく改装されたとのことで、気持ちよく居心地の良いものでした。同大学及びグループの、今後ますますのご発展を祈念しています。

心優しく思いやりがあり頼もしい学生たち

大きな地震から9日経ちましたが、今のところ、それ以上の大きな余震もなく、ホッとしています。大学はいつも通りの日常が続いています。一方、市北部を中心に被災された方々への罹災証明書等の交付も昨日(26日)から始まり、生活再建に向けた支援や復旧活動が進んでいます。本地域や庄内地域の観光客の数も回復したようで、今朝の特急いなほ1号(新潟発秋田行き)は、いつも以上に大勢の乗客で賑わっていました。

さて、地震の日の夜のエピソードで、心温まるうれしい話を聞きました。それは…
地震後に津波注意報が発令されたため、本地域の多くの方々や、近くに住む本学の学生たちの何人かが、指定避難所である岩船中学校に避難をしました。その際、お年寄りや障がいのある方に対して、本学の学生が休むことなく率先して介助等のお手伝いをし、現場が混乱している状況で大変助かったと、村上市地域包括支援センターさんや近隣のデイサービスを利用している方をはじめ、何名かの方々よりお褒めの言葉をいただいたとのことでした。市役所の担当の方からは、「私たちからは何も頼んでいなかったのですが、普段から学生に対してこのような教育をされているのでしょうか?」と大変感心されていたとも聞きました。

非常事態の中で、本学の教育の理念である「人の心の杖であれ」を実践してくれた学生たちを、とても頼もしく誇りに思います。

昨日(26日)は、1年生のスポーツ実践の授業を参観させていただく機会がありました(写真)学生たちが生き生きとした表情で活動しているのを見ることができました。この科目では、一般的な体育授業とは異なり、「ボッチャ」や「シッティングバレー」など、障がいのある方でも楽しめるスポーツを実践しています。

今週末の土曜日は学園祭があります。お天気が少し心配ですが、学生たちの笑顔をいっぱい見ることができると思います。お近くの方は、どうぞ、いらっしゃってください。

新潟県ヘルスプロモーションプロジェクト推進会議が立ち上がりました

新潟県では、平均寿命と健康寿命の差(日常生活に制限のある不健康な期間)をできるだけ縮め、全国トップクラスの健康寿命となることを目指すなど、「健康立県」の実現に向けた県民運動を今後進めていくとのこと…そのために「ヘルスプロモーションプロジェクト推進会議」なるものが発足されました。

私もその会議の委員に委嘱され、初会合が1週間前の5月21日(火)、新潟市のユニゾンプラザで開催されたので出席してきました。教育機関からは県内の医療系大学の学長等が委員となっており、他に行政、医療、経済、マスコミそれぞれの分野のトップが集結されました。

会議の冒頭で、花角知事から挨拶がありましたが、本プロジェクトは知事肝いりの健康立県構想を実現するため、県民一人一人が健康づくりに取り組む環境の整備を目指すとのことでした。今後、年内に数回会合を持ち、イベントやテレビでのキャンペーンなどを通じて県民に健康づくりを呼び掛ける事業を9月頃から始めるとのことでした。

県の担当者のプレゼンテーションでは、県民の健康面での課題として、食塩摂取量の多さや若い人のガン検診受診率の低さなどが指摘されました。それに対し、プロジェクトでは「食生活」「運動」「早期発見・早期受診」「口腔ケア」「生きがい幸福度」「たばこ」の6つのテーマで取り組みたいと説明がありました。(少し特異な分野に偏っている気もしましたが…)

さらに、事例報告が2例ありましたが、うち1例は、村上市食生活改善推進委員協議会が村上市のある企業の従業員に対し、減塩指導をした内容でした。タイムリーなことに、今年の本学の学園祭(6月29日(土)本学において開催予定:興味のある方は是非お越しください)の1企画として、本学学習センターが村上市食生活改善推進委員とコラボした模擬店を出し、村上の郷土料理をふるまう、ということを聞いています。また、学園祭以外でも、学生・教職員向けの減塩セミナーの企画も予定していると聞いています。

今後、平均寿命がさらに延伸していくことが予想されますが、健康寿命との差が拡大すれば、医療費や介護給付費の多くを消費する期間が増大することになります。上記のような取り組みを通じて、疾病予防と健康増進、介護予防などが進み、平均寿命と健康寿命の差を短縮することができれば、個人の生活の質の低下が防がれるだけでなく、社会保障負担の軽減にも繋がっていくことが期待できるかもしれません。

前学長の野田忠氏が瑞宝中綬章を受章されました

本学の第2代学長で名誉教授の野田 忠(のだ ただし)氏が、令和元年春の叙勲において瑞宝中綬章を受章されました。初代学長の大澤源吾氏に続いて、本学で2人目の受章となりました。本学ホームページのNews & Topicsに、本情報とご本人のお写真も掲載されていますので、あわせてご覧ください。https://nur.ac.jp/news/7566/

野田氏について、少しご紹介させていただきます。

野田氏は、神奈川県に生まれ、東京医科歯科大学歯学部をご卒業された後、東京医科歯科大学歯学部附属病院小児歯科助手、歯学博士の学位取得、国立小児病院歯科医長、新潟大学歯学部助教授、同教授、新潟大学歯学部附属病院長などを歴任されたのち、平成19年3月に新潟大学を定年退職されました。同年4月から、本学の前身となる新潟リハビリテーション大学院大学教授に就任され、さらに平成23年3月から新潟リハビリテーション大学の第2代学長に就任されました。平成27年3月で学長を退かれましたが、平成28年3月まで客員教授として本学に在籍されました。

野田氏は、私がはるか数十年前に歯学部生だった頃、小児歯科学を教えていただいた恩師でもあります。以下に、国に提出させていただいた功績調書の中から一部抜粋・(言い回しを)改変して、本学に着任される前のご功績の一部をご紹介させていただきます。

野田氏が小児歯科臨床に取り組まれた初期の時代は、患者の洪水の時代でありました。たくさんの患者さまの治療に当たられましたが、特に、国立小児病院では、全身疾患や障害のある子どもさんの歯科治療を行うなど、対象となる患者さまの範囲を広げられました。その後、新潟大学では、歯学部の創設期に着任され、新たに「小児歯科」を開設されました。野田氏を頼りに、青森など遠方から治療に来る患者さまもいらっしゃり、小児歯科の待合室は患者さまや付添のご家族で、いつもあふれ、遅くまで診療されていたのがとても印象的でした。また、新潟県の知的障害者総合援護施設「コロニーにいがた白岩の里」にも関係し、さまざまな障害を持つ児童の歯科治療にも携われました。その間、日本小児歯科専門医、指導医の資格も取得され、平成18年5月には、小児歯科学会賞を受賞されています。

昭和62年3月から、文部省在外研究員として出張され、スウエーデン、デンマーク、フィンランド、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカと回られ、各国の小児歯科臨床の現場を視察されました。

研究では、大学院生や医局員たちと、小児歯科はもちろん、解剖学、生理学、生化学、病理学の研究室と連携して臨床のみならず基礎研究も行われました。小児の口腔の発育で、吸啜(きゅうてつ(せつ):おっぱいやほ乳瓶からミルクなどを飲む)から咀嚼(そしゃく:固形物をかむ)へと機能発達していく過程を考慮しながら、小児歯科の治療の範囲を広げ、ベースとなる研究も行われました。同時に歯の萌出障害に関連する論文や著書を多数発表されました。当時口腔生理学講座に在籍していた私は、小児歯科学講座から派遣されてくる大学院生たちといっしょに基礎研究をさせていただきました。

教育では、新潟大学の学際的オムニバス科目である、「食べる」という科目のコーディネートを担当されました。「食べる」は、100人の定員のところ、1,000人の受講希望者が集まるほど盛況でした。さらに、その講義内容をまとめ、「食べる」「続食べる」「食べる 成育編」「新潟発 食べる」「食べる 介護編」の小冊子を編集出版されました。私も「食べる」のオムニバス教員として講義の一部を担当させていただき、小冊子も分担で執筆させていただきました。なお、「食べる」で、野田氏は、平成17年度の新潟大学教育褒賞を受賞されています。

以上、ご功績のほんの一部のみを紹介させていただきましたが、野田氏は、小児歯科をベースに、診療、研究、地域貢献など、多方面にわたって貢献されてきており、その功績は非常に顕著なものがあります。

最後になりましたが、このたびの受章、まことにおめでとうございます。今後もお元気で、ますますのご活躍を祈念しています。

東北師範大学人文学院ご一行を歓迎いたしました

新年度の慌ただしさにかまけて、すっかり、ブログの更新を怠っていました。4月中にあった主な出来事等を、連休中に少しずつ掲載していきたいと思います。

まずは、10日ほど前のことになりますが、4月17日、隣国の中国(吉林省長春市)より、東北師範大学人文学院(东北师范大学人文学院)の理事長 穆樹源様、人文学院院長 呂英華様、福祉学部健康福祉学院院長 劉玉錦様、健康福祉リハビリテーション学科主任 劉世文様、国際交流処通訳 橋本新往様 ご一行が来学され、歓迎・交流の場を設けさせていただきました。大学ブログにもレポートがありますので、ご覧ください。https://nur.ac.jp/blog/region/2595/

東北師範大学人文学院とは、2017年12月6日に、日中共通教育プロジェクトに関する協定を締結しております。協定に基づいて、お互いの学生や教員の交流を活発にし、国際的にも優れた医療人の育成を目指していくべく、意見交換を行いました(写真)。その後、本学の学内実習等の授業も見学いただきました。

当日は素晴らしい晴天になりました。桜もちょうど満開でした。村上市内観光も満喫され、宿では、美しい日本海と夕日、夕焼けを鑑賞されました。

本学に来学される前には、仙台市にある東北福祉大学を訪問され、本学の後は、千葉市にある淑徳大学を訪問されるとのことでした。両校とは、以前より協定・交流があり何度か訪問されたことがあるとのことで、今回は、初の訪問となる本学を楽しみにされていたと聞き、うれしくなりました。

翌18日は、村上市長を表敬訪問され、新潟駅から上越新幹線経由で千葉に向かわれました。日本での旅程は、さらに続き、その後も各地への訪問を計画されているようでした。