高等教育コンソーシアムにいがた理事会開催

1週間前の12月20日、高等教育コンソーシアムにいがたの令和元年度第2回理事会・意見交換会・懇親会(写真は立食形式の懇親会)を本学(今年度の副会長校)が幹事校となって、瀬波温泉夕映えの宿汐美荘3階潮騒の間にて開催いたしました。本理事会の構成員は、新潟県内の大学・短期大学・高等専門学校等の長(学長、校長)です。そして、この会議は、それら高等教育機関の長が一堂に会して、議論し、また、親睦を深めるための重要な会議として位置づけられています。そのような大きな会議を開催するに当たり、不備なくスムーズに行う事ができるのか、直前までドキドキでしたが、事務局等関係者の方々の協力を得て、滞りなく行うことができました。理事会・意見交換会には、44名(県内大学・短期大学長等23名、事務局陪席者18名、新潟県1名、コンソーシアム事務局2名)の参加者があり、懇親会にも40名超の方々に参加をいただきました。

12月の末に新潟県北の村上開催ということで、天気も心配されましたが、大荒れにはならずにすみました。ロビーからは冬の荒々しい日本海が一望にでき、曇天ではありましたが、一時は、粟島も見えました。

本会議では、理事会よりも、意見交換会を楽しみに参加される学長等が多いと聞いていました。そして、意見交換会のテーマは幹事校が設定できることになっています。どのようなテーマを設定したら、学長達の興味を惹き、そして80分間余すことなく活発な意見交換ができるか、迷ったあげく、今回のテーマは「教員評価の現状と課題について」とさせていただきました。意見交換会の司会進行も幹事校の役目です。経験豊富な学長等が多い中、若輩者の私が仕切らなければならないことに、すごくプレッシャーを感じていましたが、意見交換会はおかげさまで大成功に終わったと思います。何名かの方々からも良かったと言っていただき、ホッとしました。

以下、テーマに関連して、事前に配付した資料の一部を掲載します(このほか、当日に、いくつかの文献からまとめた、詳細な資料を配付しました)。

教員評価の現状: 1990年代からの大学改革を背景として教員評価への関心が高まり、国公立大学では法人化が始まった2004年度から評価制度の導入が進んだ。いまや国立大学のほぼ全て、公立大学でも7割で評価を実施している。一方で、私立大学では導入が遅れている。

教員評価の課題: 評価制度の導入は大学に少なからぬ負担になっているほか、評価の標準化や、活用方法については、まだ多くの課題を残していると考えられる。たとえば、評価を教員のモチベーション向上につなげる形での活用は進んでいないようである。また、組織評価と教員評価を連動させ、次の計画策定や目標設定につなげている大学も少ないようである。

新潟リハビリテーション大学は: 今年度(2019年度)より教員評価制度を試行導入した。

導入背景1⇒ 本学は2020年度に外部認証評価を受審する。2018年度からの第3期の大学認証評価では、内部質保証が重視されている。教員評価制度はPDCAサイクルにおけるCheck(測定・評価)として、人材マネジメントの領域で“教育の内部質保証”機能を制度的に担うことが期待されている。

導入背景2⇒ 2019年4月より、働き方改革関連法案が順次施行され、効率よく柔軟に働いて成果を出すことが、これまでにも増して求められるようになっている。人件費が消費支出のおよそ50%を占める大学において、その中心的役割を担う教員を、これまでは、画一的かつ硬直的に処遇してきたことに対する矛盾を解消する必要がある。

本学では、今月(12月)、初の評価結果がでた。しかし、この結果(評点)が個々の教員を適切に評価しているかどうかは不明であり、また今後、この結果をどのように活用していくかについても、さらなる議論を必要としている。

そこで、本会では、以下の点を中心に、意見を交換していきたい。

  • 教員評価制度の現状と課題について

・導入している場合⇒  いつ導入したか? うまく機能しているか? 課題はあるか? どのような評価方法を採用しているか? 結果をどのように活用しているか? 今後どのように運用していく予定か?

・導入していない場合⇒ 今後の導入予定について? 導入する場合、導入に当たって課題となることは何か? 導入しない場合、その理由は何か?

ここまでが事前配付資料の一部です。

さて、会場として使用させていただいた汐美荘さんは、今後、模様替えする予定があるとのことで、現行の仕様でこのような大きな会議に利用させていただくのは、最後のチャンスだったと思います。懇親会のお料理も、村上ならではの食材(村上牛のお寿司やはらこ飯、村上茶のデザートなど…)を用意していただき、参加者の皆さん(もちろん私も)は、大満足でした。ありがとうございました。

さて、今年も残りわずかになりました。今年のブログの更新はこれが最後になると思います。この一年、皆さま方には大変お世話になりました。来年もよろしくお願いいたします。それでは、良いお年をお迎えください。

 

第5回村上市との連携協議会開催

11月7日(木)午前中、村上市役所4階大会議室において、「村上市と新潟リハビリテーション大学との第5回連携協議会」を開催(学長が招集)いたしました。当日の出席者は、市側からは副市長をはじめ11名、本学側からは7名でした。2015年の7月に村上市と包括連携協定を締結させていただき、それ以来、毎年、定期的に開催している協議会であります。

本学の地域・産学連携推進室長が司会進行役となり、最初に双方の出席者の代表(市側:副市長、大学側:学長)による挨拶の後、出席者全員が自己紹介を行いました。次に本学事務局長より本学の現状(学部生・院生の入学者数、入学者の出身地、卒業生の就職先等)について、説明いたしました。

その後、あらかじめ本学が設けた7つの協議事項について意見を交換したり、大学運営に対する、村上市の更なる協力をお願いしたりしました。

大学関連の専門用語等を含んだ資料を用いての協議であり、分野外の一般の方々にとっては難しい内容も多くあります。このため、今年度は事前に資料を市側に渡して、十分に目を通しておいていただき、意見もある程度、まとめておいていただきました。そういった準備が功を奏し、例年にも増して活発な協議ができました。

また、今年6月に発生した山形県沖地震のほか、大雨など大規模な自然災害が、近年、多くなっていることや、予定していた村上市との防災訓練が、昨年度・今年度とも、悪天候や地震災害の検証等のために中止になったこと等を絡め、今後は防災面での連携も強化していくことについて、再確認いたしました。

同日、11月7日(木)午後は、本学と同一法人の姉妹校である新潟看護医療専門学校村上校で「ともしびの灯(戴帽式に変わる儀式)」が行われましたので、お祝いに行ってきました。臨地実習に初めて臨む学生たちが、これから看護師として歩んでいく決意を胸に、各々がナイチンゲール像の前まで進み、「ともしびの灯」を持ちながら「自らが目指す看護師」の目標を唱え誓いました。その後、学生たち全員で「ナイチンゲール誓詩」を唱和しました。「ナイチンゲール誓詞」は、看護師や医師としての倫理を己れに誓うものであります。現代においても医療に携わる者にとって、基本かつ重要な事柄を突いているものであり、患者さまに接するにあたって、力の限り誠意を尽くすことは医の倫理や看護の原点であるとも言えましょう。看護学生の皆さん、隣地実習は学内での座学と勝手が違うことも多くあると思いますが、理想とする看護師像を目標に、頑張ってくださいね。

第3回(新潟県)ヘルスプロモーションプロジェクト推進会議

10月31日(木)に、第3回ヘルスプロモーションプロジェクト推進会議が新潟県医師会館大講堂において開催され、推進委員となっている私も出席してきました。

新潟県において立ち上げられた本プロジェクトは、すべての世代が生き生きと暮らせるよう「健康立県」を目指し、県民の健康寿命を延伸し、新潟県が全国トップクラスの健康寿命を実現することを目的としています。このため、様々な分野の関係機関が連携した健康づくりの県民運動「ヘルスプロモーションプロジェクト」を展開し、機運醸成を図っていきます。

事業の概要は、県民自らが健康状態に関心を持ち、健康づくりに取り組みやすい環境づくりを行うため、スローガンや健康づくりに関する各分野(食生活、運動等)の目標及びキャチフレーズを掲げ、県民運動の普及啓発等を行うことで、県民一人ひとりに健康づくりの取り組みを浸透させる事業を展開していくことであります。

第3回となる会議は、花角県知事の挨拶に始まり、米澤副知事の司会のもと、公開制で行われました。次第は次の通りでした。(1)報告    ア スローガン・ロゴマークの県民投票結果について    イ 普及啓発の実施状況   (2)議事    ア テーマ別キャッチフレーズ及び今後の活用について    イ 県民運動の推進につながる会議構成団   体の取組について

まず、県民運動のためのスローガン・ロゴマークの県民投票結果について報告がありました。これについては、すでに、テレビ等でも広報されているので、新潟県に在住の方はご存じと思いますが、スローガンは「はじめよう、けんこうtime」、ロゴマークは新潟県の形をモチーフにした青色のものとなっています(ロゴマーク等の利用規程は、ワーキンググループにおいて現在作成中とのことです)。普及啓発については、9~11月のイオンなどのスーパーにおけるキャラバンやトークショーの開催が主なものとして予定されているようですが、啓発活動については、引き続き来年度以降も行っていくとのことでした。

議事については、事前に各委員から書面での意見提出が求められていました。事前に示されたテーマ別キャッチフレーズは、5分野にわたるものであり、次の通りに決まりました。

・食生活: からだがよろこぶ、一皿を足そう。

・運動: 意識ひとつで、すべてが運動になる。

・デンタルケア: あなたのための、歯のプロを。

・たばこ: たばこのない一服もある。

・早期発見・早期受診: 健診・検診で未来の自分を、みつめよう。

最後に県民運動の推進につながる会議構成団体の取り組みについての紹介がありました。なお、構成団体は、保健・医療・福祉関係団体、教育関係団体、健康づくり等関係団体、経済団体、行政機関、報道機関等となっています。事前に提出した資料から発表団体が選出され、本学も教育関係団体の代表として、発表の機会を得ることができました。発表団体は次の通りでした。①保健・医療・福祉関係団体: 新潟県薬剤師会 ②教育関係団体: 新潟リハビリテーション大学 ③健康づくり等関係団体: 新潟県スポーツ協会(新潟県健康づくり・スポーツ医科学センター) ④経済団体: 新潟県商工会連合会 ⑤行政機関: 関東信越厚生局新潟事務所 ⑥報道機関: 新潟テレビ21(UX)

本学からは、転倒予防教室、食べる力をつける教室、認知症カフェ、小学生の体験学習、こころとからだの健康づくり研究センター、食生活改善推進委員とのコラボ行事等について、簡略に紹介させていただきました。

 

新潟県立大学創立10周年・創基56周年記念行事

10月25日(金)に、新潟県立大学創立10周年・創基56周年記念行事(式典・講演会・シンポジウム・祝賀会)がANAクラウンプラザホテル新潟で開催されたので出席してきました。

本学園・本学も、いずれ〇〇周年となって行事を行う日がやってくるので、行事の内容はもちろん、運営や進行等で真似できそうな良いところはないかと、貪欲な考えを持ちながら臨みました。

進行については、13時30分開式の式典に始まり、最後は19時までの祝賀会と、長丁場の一日でしたが、それぞれのプログラムごとにタイムマネージメントが非常にしっかりとしていて、予定の開始・終了時刻どおりに、最後のプログラムまで進んでいき、とても気持ちが良いものがありました。

10周年記念で制定したというロゴマークを配した、真っ赤な手提げ袋の中には、大学のパンフレット(今どきの、カバンに収まりの良い小さ目サイズ)や10周年記念誌が入っていました。記念誌の構成や内容は、創基56周年の歴史の重みを感じさせる正統派のスタイルとなっており、その詳細な記述から、準備に相当な時間がかかっていることを伺い知ることができました。

記念講演やシンポジウムは、ともに、グローバル化と絡めて、大学の社会における役割を論じたものでありました。まず、記念講演では、大阪大学の猪木名誉教授が、「産業社会における大学の役割」という演題で講演されました。それを受けて、同教授を交えてのシンポジウムとなりました。他に、新潟経済同友会の吉田代表幹事や新潟日報社の小田社長、県立大学の若杉学長・理事長も加わり、同大学の黒田副学長がモデレーターを務められ、非常にテンポの良い展開となりました。

なお、同大学は来年4月からの国際経済学部の設置が認可されており、1学年90名の入学定員で、新たに募集をかけているとのことでした。新潟県内の大学全体における入学定員枠の増加は引き続き留まることなく続いているようです。

秋卒業式を9月27日に執り行いました

諸外国の多くの大学では、秋から新学期が始まります。そして、わが国でも近年、秋入学や秋卒業制度を設ける大学が増えてきています。本学医療学部においても、おととしから秋卒業制度を設けています。本学の「秋卒業に関する規程」に基づき、当該年度の前期において、学則に規定する卒業要件を満たすことが見込まれる学生で秋卒業を希望する者は、審査により秋卒業を認めています。

今年度は、9月27日に、本学において秋卒業式を執り行い、13名の医療学部卒業生を輩出いたしました。卒業生の皆さん、おめでとうございます。当日は素晴らしい秋晴れに恵まれ、汗ばむくらいの陽気になりました。保護者の方々にも遠方からご出席いただき、本当にありがとうございました。

春3月の卒業式とは、また、違った和やかな雰囲気の中、卒業証書もひとりひとり手渡しいたしました。卒業生・保護者の方々のうれしそうな笑顔がとても印象的でした。

卒業生の皆さんは、これから2月にある、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士の国家試験受験を経て、それぞれの道へと進んでいきます。新たな道へ歩んでいけるのは、保護者の方々をはじめ、諸先生方や事務局の方々などの大学スタッフ、臨床実習先でご指導をいただいた先生方や患者さま、さらには地域の方々など、皆さんに関わったすべての人たちから温かい愛情や限りないお力添えをいただいたお陰だということをどうか忘れないでください。

そして、卒業生の皆さん自身も、これまで絶え間ない努力をされてきました。自分自身の努力に対しても誇りと自信を持ってください。それと同時に、社会から期待される役割を自覚して、常に未来へ向かって挑戦を続けてください。今後、さらなる目標を達成して大きく飛躍し、多方面で活躍されることをお祈りしています。卒業後も、皆さんがそれぞれの目標を達成できるよう、本学は卒後サポートシステムの運用をはじめ、全力でサポートを続けていきます。

大学院修士論文中間発表会・懇親茶話会を開催しました

9月20日(金)に、大学院修士論文中間発表会(その後、懇親茶話会)を開催しました。1月末の修士論文提出締め切りまで残りあと4ヶ月となり、これからは研究のまとめと論文執筆にかなりの集中力が必要な時期となります。そのような最終ステージに入る前のこの時期に、中間発表会では、これまでの研究の進捗状況を確かめ、今後の研究の最終的な方向付けを指導教員だけでなく、大学院教員全員で確認するという作業が含まれています。さらには、不足しているデータ等について指摘をし、研究完成に向けたアドバイスを行うことで目指すべき具体的な目標を与え、研究や論文執筆を助ける意味もあります。

今回は、村上校と東京サテライト校あわせて8名の院生から発表がありました。東京サテライト校の大学院生は、全員社会人で、普段は病院や施設に勤務しながら、週末や夜間を利用して、講義の受講や研究を行っている、向学心の高い方たちです。しかも、約半数の方たちは、サテライト校のある東京近辺のみならず、遠方の西日本地域などから、本大学院だからこそ学べる、高度で専門的な学びを求めて、はるばる通ってきています。

修士論文発表会は、彼ら彼女らにとって、東京よりさらに遠い村上での発表とあり、当方も日程調整や発表順については、十分な配慮を行いながら会を設定しています。スライドを用いた口頭発表で、まだ中間発表の段階ではありますが、いつもながらに完成度の高い発表が多く、先生方からは鋭い質問が多数飛び交うなど、質疑応答の時間も余すことなく最後まで充実していました。2月の最終発表会も楽しみです。

また、村上校所属の院生の中に、今回は中国からの留学生も含まれていました(写真)。本学と協定を結んでいる山東医学高等専科学校からの入学生第1号です。2年前の秋に来日した直後から比べ、はるかに日本語も上達し、発表はもちろん質疑時も一生懸命に回答してくれました。私も質問をしましたが、制限時間内で説明しきれなかった続きを、会の終了後も熱く語ってくれました。

そして、発表会の後は、サテライト校と村上校の院生や教員との交流を目的として、懇親茶話会を開催しました。翌日も臨床現場で仕事のある院生たちが多く、帰りの時間を気にしながらの会とはなりましたが、全員、最後まで参加してくれ、笑顔で帰って行きました。

第34回国民文化祭、第19回全国障害者芸術・文化祭 開会式

9月16日(祝日)に、新潟市の朱鷺メッセにおいて「第34回国民文化祭、第19回全国障害者芸術・文化祭 開会式」が開催されました。私も、PRサポーターとして特別招待を受けていたので、出席してきました。

文化祭は、全国持ち回りでの開催となっており、新潟では初の開催、また天皇陛下がご即位されてから初の開催ということで、天皇皇后両陛下をお迎えし、街全体が歓迎ムードに包まれていました。

セキュリティの関係もあり、会場への荷物持ち込み規制が周知されており、また周辺道路の混雑や受付時の待機列形成などの事前情報があったため、受付開始時刻である12時半過ぎには、会場に着けるよう、早めに移動しました。バスの混雑も予想されたので、新潟駅からの朱鷺メッセ行きには乗車せず、万代シティから朱鷺メッセまで歩くことにしました。その、バスを万代シティで降りたところで、ちょうど、ホテルで昼食をとられる天皇皇后両陛下の車が前の道路を通過される、とのことで、歩みを止めてお見送りをしました。

朱鷺メッセでは、招待者は別ルート(入場口)を案内されたため、スムーズに入場できました。結果、早く着きすぎてしまい、開会までの時間を持て余してしまいました。そして、式典開始(14時半)の15分前から、すべてのプログラム終了(17時半)まで、途中休憩はなく、離席も禁じられました。そのため、狭く硬い座席に長時間座りっぱなしとなりました。とはいうものの、ロイヤルボックスとも近い席で、天皇皇后両陛下とは、わりと近い距離で観覧させていただくことができ、光栄でした。県内の昔から続く伝統芸能や、若手アーティスト達の迫力ある真剣な演技を、思う存分、堪能させていただき、内容は非常に密度の濃いものでありました。

プログラムの一部を紹介すると…

プロローグとして、鼓童太鼓演奏、新潟県合唱連盟県民の曲4曲があり、その後に天皇皇后両陛下がご入場されて、式典が始まりました。式典では、国歌斉唱(佐藤ひらりさん代表歌唱)に続き、主催者挨拶(文部科学大臣、厚生労働大臣、新潟県知事)、そして、天皇陛下のお言葉(とてもお優しい心のこもったお言葉に感動しました)、歓迎の辞(新潟県議会議長)、開会宣言(関係者)と続きました。

オープニングフェスティバルでは、物語 火焔型土器、世阿弥、綾子舞、仮山伏の棒遣い、能白山人社の舞楽、上杉謙信、片貝の木遣り、角兵衛獅子、佐渡おけさ、良寛和尚、などの披露があり、フィナーレとなり、天皇皇后両陛下が退場されました。その後も、エピローグとして、県内若手ホープらによる、和太鼓、歌、ダンスなどの披露があり、盛りだくさんでした。文化祭関連の行事は、11月30日まで、県内各地で開催されています。詳細は公式ガイドブックやホームページ等に紹介があります。〇〇の秋のひとつ、芸術の秋です! 皆さんも興味のある行事等に参加されてみたらいかがでしょうか?

ところで、この開会式の直前の週は、大学でもさまざまな行事等があり、私自身も、慌ただしく過ごしていましたが、締めくくりに、この開会式出席があり、楽しませていただき、心安らぎました。直前の週、月曜は新潟大学研究企画室のリサーチ・アドミニストレーター (URA:大学の研究者・教員と共に研究の活性化・高度化を支える包括的な支援活動を行う方)2名をお招きし、科研費に関する研修会、教授会、研究科委員会と会議漬けの一日、火曜は院生の修士論文中間発表会抄録の締め切りということで、内容確認とプログラム作成、水曜は大学院の講義(摂食嚥下食品栄養学)を(サテライト校に配信するための)ビデオ収録と学部のカリキュラム変更承認申請のための書類確認(~金曜まで)、木曜は避難訓練(震度5弱地震から火災発生の想定)の実施と最後に講評を述べ、金曜は臨床実習指導者会議(作業療法学専攻と言語聴覚学専攻の2専攻、別会場)で2会場移動して挨拶…、合間を縫って日常業務、とバタバタでした。

前学長野田忠先生の瑞宝中受章記念祝賀会

令和元年春の叙勲において、本学の前(第2代)学長の野田忠先生が瑞宝中綬章を受章されたことは、以前(本年5/21付)のブログに記載しました。https://nur.ac.jp/president_blog/diary/1337/

ご報告が遅くなりましたが、8月30日(金)夜、村上市瀬波温泉のホテル「大観荘せなみの湯」に於いて、野田先生の叙勲受章を記念した祝賀会を開催いたしました。この祝賀会は、本学園理事が中心となって発起人(発起人代表は理事の川崎久様)を務め、野田先生ご本人の意向により、村上の地で関係の深かった方たちを中心にお招きする会ということで開催しました。当日は、地元選出の議員の方や、村上市長を始めとする市議会議員の方々、地域の区長会や老人クラブ関連で親交のあった方々など、総勢55名にご出席いただき、盛大な会となりました。

祝賀会は、式典と祝宴の2部構成で行いましたが、私は祝宴の席において、野田先生のこれまでの(村上着任までの)知られざるエピソードをまとめ、披露させていただきました。そのスピーチの一部を、以下に紹介します。

 

野田先生、記念すべき令和になって最初の叙勲の受章、まことにおめでとうございます。

私は、おそらく今日参加されている皆さんの中では、もっとも早い時期から、先生を知っていると思いますので、そんな頃からの知られざるエピソードを交えてご紹介させていただこうと思います。

野田先生と私が最初に出会ったのは、今からおよそ40年前のことになります。私が新潟大学歯学部に入学した、その年に、新しく小児歯科学講座が開設され、野田先生は前職である国立小児病院より着任されました。

その後、私も学年が進み、専門科目の講義が入ってくるようになると、野田先生から小児歯科学を教えていただきました。当時、多くの科目で高価な専門書を購入させられ、貧乏な歯学生としてはお金がなく困っていたのですが、小児歯科は、手作りの製本した白い表紙の冊子を教科書代わりに渡されました。そして、その冊子に沿って講義を進めていただけたので、とてもわかりやすく、書き込みもでき、たいへん助かりました。

臨床実習が始まると、附属病院の各診療科をローテーションで回ることになったのですが、待合室がいつも一番混雑し、遅くまで診療をされていたのは小児歯科でした。当時は乳歯の虫歯が多発していた時代であり、また、小児を専門に扱う歯科医師も少なかったこともあり、野田先生の評判は全国各地に広がり、遠くは青森から治療に来るお子さんやご家族もいらっしゃいました。

野田先生は、時には鼻歌交じりで、非常にスマートに診療されていたのが印象的でした。付き添いのお母様やご家族の方の信頼も厚く、私もこのようにできたら、いいなあと、ひそかにあこがれていました。

さて、歯学部の卒業式・謝恩会の後の2次会では、卒後に入局する予定の教室の先生方に連れられて行くのが恒例になっていたのですが、私は卒後すぐに、新潟市内の歯科医院に就職することが決まっていましたので、参加できる2次会がなく困惑していました。そうしたところ、小児歯科のどなたかから、一緒に来ないかと誘っていただき、野田先生たちといっしょに、新潟古町の飲み屋さんに繰り出すことになりました。そこに向かって歩いている途中で、~中略~

私は卒後、一年臨床を経験した後、歯学部に戻り、基礎系の口腔生理学講座に入局しました。当時、口腔生理学講座は、小児歯科学講座と一番交流があり、小児歯科学講座の大学院生の多くが、口腔生理学講座で博士論文のための実験や研究をしていました。私がいただいた研究テーマも、小児歯科の先生方が研究されていた内容を引き継ぐものであり、その後も、小児歯科の先生といっしょに多くの動物実験をさせていただきました。そんなこんなで、私が博士号を修得する際の副査のひとりが野田先生でした。博士号を取得したのは30年近く前の話になりますが、その時、お祝いに、~中略~

それから、野田先生は新潟大学の学際的オムニバス科目である、「食べる」という科目のコーディネートを担当されていました。この「食べる」という科目は、100人の定員のところ、1,000人の受講希望者が集まるほどの盛況ぶりでした。さらに、その講義内容をまとめ、5冊の小冊子として「食べる」「続食べる」「食べる 成育編」「新潟発 食べる」「食べる 介護編」とを編集出版されました。私も光栄なことに、「食べる」のオムニバス教員のひとりとして、講義の一部を担当させていただき、小冊子も分担で執筆させていただきました。なお、「食べる」で、野田先生は、平成17年度の新潟大学教育褒賞を受賞されています。

その後、平成19年3月に野田先生は新潟大学を定年退職されることになりました。ちょうどその年の4月から、本学の前身である新潟リハビリテーション大学院大学が開学する運びとなり、当時、私が新潟大学からこちらに異動することが先に決まっていました。その後、設置準備室室長であられた現本学教授の伊林先生より、もうひとり新潟大学から来ていただけないか、という依頼が、当時、私の直属の上司であり歯学部長だった山田好秋先生にあり、ちょうど定年退職される野田先生が、いいのでは、ということになり、野田先生の研究室に、私がお願いに行き、快諾していただいたというのが、今日のこの日に繋がる発端だったのではないかと思います。

ここまでお話ししてきた通り、私は、学生時代から教員となって新潟大学に携わっていた期間、途中で出入りはありましたが、野田先生も、ほぼ同時期にちょうど同じ期間、新潟大学にいらっしゃいました。そして、いっしょに本学に異動してきて、野田先生は第2代学長に就任され、それを今私が引き継いでいるという、運命を感じています。

長くなりましたので、運命を感じる話の暴露はこれくらいにして、野田先生、今後もお元気で、ご活躍されることを祈念しています。このたびの受章、まことにおめでとうございます。

 

叙勲受章を心からお祝い申し上げるとともに、今後もご健勝にてご活躍いただくことを祈念申し上げます。

第25回日本摂食嚥下リハビリテーション学会学術大会

9月6~7日(金~土)に、新潟市の朱鷺メッセ・万代島多目的広場大かまにおいて「第25回日本摂食嚥下リハビリテーション学会学術大会」が開催されました。25回開催のうち、新潟での開催は実に4回目。東京の4回と並ぶトップの開催回数です。新潟が、我が国の摂食嚥下領域の研究において、主要な地のひとつとなっている証拠でもあるでしょうか?

本学会は会員数が年々増加しており、現在17,000人を超え、今回の学会の参加者も5,500人を超えたと速報での報告がありました。会員の構成は言語聴覚士、歯科医師のほか、医師、看護師、栄養士、歯科衛生士、理学療法士、作業療法士などを含み、多職種連携分野であることから、学術大会では,それぞれの立場から発表しているのが特徴的です。

参加者の多さは、朝の新潟駅前の混雑ぶりにも表れていました。早朝から熱心な参加者たちにより、朱鷺メッセ行きのバスを待つ長蛇の列が、駅の端から端まで形成されていました。そして酷暑の日だったこともあり、私も会場に到達するまでに汗だくとなってしまいました。さらに、ポスター発表会場である「万代島多目的広場大かま(写真右は会場から川の方向を臨んだもの)」は、川からの風が通るものの、まるで蒸し風呂のようで、皆、うちわを使って仰ぎながらの発表や質疑応答となりました。会場内では、涼を誘う、かき氷や甘酒、飲み物なども振る舞われていましたが、各日とも早々に提供数が終了していました。

さて、今回のテーマは「食べるを支える~地域リハビリテーションの今・未来~」で、興味深い発表が多くありました。私も共同演者として「顔面皮膚への水刺激による嚥下の誘発について」の発表がありました。発表の前日まで原稿修正が続くなど、バタバタしていて準備不足ではありましたが、最終的には、おもしろい話題を提供できたのではないかと思います。演者の高橋圭三先生(言語聴覚士)が高校生の頃からの日常経験で気づき、不思議に思っていた現象を、今回、実験して確かめたものであります。今後、精細な研究を重ねていくことで、新しい発見に繋がるかもしれないと、ひそかに期待しています。

そして、学会場では、普段なかなか会えない人と会えるのも楽しみであります。本学大学院修了生や学部卒業生にも、何人かと会うことができました。そして、前職時代に実験・研究で関わらせていただいたことのある、現日本摂食嚥下リハビリテーション学会理事長の植田耕一郎先生(日本大学歯学部教授・附属歯科病院副院長)にも、久しぶりにお会いしてお話しをすることができ、うれしく思いました。

頑張っている皆さんの熱気に包まれ、大いに刺激を受けた学会でした。

お盆休みが明けて1週間

ここ数日は、全国的に見ても大気の状態が非常に不安定になっているとのこと、当地も特に今朝は非常に激しい雨に見舞われ、土砂災害警戒情報も発令されました。お昼を過ぎた今は、雨も上がり、外は静かになっています。近辺での洪水や土砂災害の情報も、今のところ入ってきていません。

さて、ブログの更新を長い間、怠っていました。久しぶりです。その間、活動を休止していたり、不在だったり、調子が悪かったりしていたわけではなく、単純にブログを書く時間が不足していたためです。今年の夏は、いつもの年にもまして忙しく慌ただしい… どうしてだろうと考えると、来年度2020年という節目を迎えるにあたり、ちょうど区切りがいいのか? 教育行政関連はもちろん、さまざまなものの仕組みや体制が新しくなったり、変更になったりすることがあり、そのための準備やら書類書きやらが、やたらにこの時期に押し寄せてきている、ということが一因として挙げられます。加えて、最近は毎日のように教育・研究・管理運営・社会貢献・国際交流等、それぞれの領域に関する調査(アンケート)依頼が、文科省をはじめとしてさまざまな発信元から届いて回答を求められたり、頻繁に様々な事柄に対して自己点検評価が求められたりと… 本学のような小さい大学では一人が何役も同時進行でこなしていかなくてはならず、結果、私もブログ更新の優先順位が、他の締め切りのあるものと比べて、低くなっていたのです。←とここまでは、言い訳です。

そんなこんなで、日ごろは大学運営で時間を割かれていて、講義の準備もままならないため、お盆休み中は、講義のスライド作りに専念していました。そして、休みが明け、月曜から今日の金曜まで5日経ちました。この5日間の主な出来事のみをピックアップして、以下に簡略に書きたいと思います。

19日(月)は臨時教授会を開催しました。例年、学生が夏季休暇中の8月は、教授会も開催しないのですが、今年度は上述したように、審議事項が多く、開催せざるを得なくなったのです。理学療法士作業療法士学校養成施設指定規則が改定され、2020年度の入学生から新しい規則が適用されます。これに伴い、新規則に適合するカリキュラムの用意が必要になり、そのための審議(最終決定)を行う必要がありました。また、中長期計画の見直しや、教員評価制度についても議題として取り上げました。休み明け初日からハードな内容でした。

21日(水)は、学部生のための就職説明会を午前、午後の部に分けて、本学で開催しました(写真)。県内外から多くの病院、施設等の採用担当者等、関係者の方々にお越しいただきました。暑さ厳しい中、本当にありがとうございました。学生は希望するブースを訪れては、さまざまな情報を集めていました。私も大学院研究科長として、大学院紹介のブースを設けました。男子学生たちが何名か立ち寄ってくれ説明を聞いていきました。

22日(木)は、大学院の講義を、主にサテライトキャンパスにウエブ配信(放送大学の教材のようなもの)するための収録を行いました。学生相手でなく、一人でパソコンの画面に向かって話すという作業は、意外と大変であり、収録後は、どっと疲れました。9月中旬まで、あと何回か、この作業が必要です。

今日23日(金)は、AO入試プレゼミナールの日でした。上述した通りの大雨の影響で、JRにも遅延が発生し、プレゼミナールへの影響も心配しましたが、無事に終了しました。受験生の皆さんには、駅と本学間の無料送迎スクールバスも利用していただきました。

来週もさまざまな行事等が目白押しです! 蒸し暑さで体力も消耗しがちですが、なんとか乗り切っていかなければ…