前学長の野田忠氏が瑞宝中綬章を受章されました

本学の第2代学長で名誉教授の野田 忠(のだ ただし)氏が、令和元年春の叙勲において瑞宝中綬章を受章されました。初代学長の大澤源吾氏に続いて、本学で2人目の受章となりました。本学ホームページのNews & Topicsに、本情報とご本人のお写真も掲載されていますので、あわせてご覧ください。https://nur.ac.jp/news/7566/

野田氏について、少しご紹介させていただきます。

野田氏は、神奈川県に生まれ、東京医科歯科大学歯学部をご卒業された後、東京医科歯科大学歯学部附属病院小児歯科助手、歯学博士の学位取得、国立小児病院歯科医長、新潟大学歯学部助教授、同教授、新潟大学歯学部附属病院長などを歴任されたのち、平成19年3月に新潟大学を定年退職されました。同年4月から、本学の前身となる新潟リハビリテーション大学院大学教授に就任され、さらに平成23年3月から新潟リハビリテーション大学の第2代学長に就任されました。平成27年3月で学長を退かれましたが、平成28年3月まで客員教授として本学に在籍されました。

野田氏は、私がはるか数十年前に歯学部生だった頃、小児歯科学を教えていただいた恩師でもあります。以下に、国に提出させていただいた功績調書の中から一部抜粋・(言い回しを)改変して、本学に着任される前のご功績の一部をご紹介させていただきます。

野田氏が小児歯科臨床に取り組まれた初期の時代は、患者の洪水の時代でありました。たくさんの患者さまの治療に当たられましたが、特に、国立小児病院では、全身疾患や障害のある子どもさんの歯科治療を行うなど、対象となる患者さまの範囲を広げられました。その後、新潟大学では、歯学部の創設期に着任され、新たに「小児歯科」を開設されました。野田氏を頼りに、青森など遠方から治療に来る患者さまもいらっしゃり、小児歯科の待合室は患者さまや付添のご家族で、いつもあふれ、遅くまで診療されていたのがとても印象的でした。また、新潟県の知的障害者総合援護施設「コロニーにいがた白岩の里」にも関係し、さまざまな障害を持つ児童の歯科治療にも携われました。その間、日本小児歯科専門医、指導医の資格も取得され、平成18年5月には、小児歯科学会賞を受賞されています。

昭和62年3月から、文部省在外研究員として出張され、スウエーデン、デンマーク、フィンランド、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカと回られ、各国の小児歯科臨床の現場を視察されました。

研究では、大学院生や医局員たちと、小児歯科はもちろん、解剖学、生理学、生化学、病理学の研究室と連携して臨床のみならず基礎研究も行われました。小児の口腔の発育で、吸啜(きゅうてつ(せつ):おっぱいやほ乳瓶からミルクなどを飲む)から咀嚼(そしゃく:固形物をかむ)へと機能発達していく過程を考慮しながら、小児歯科の治療の範囲を広げ、ベースとなる研究も行われました。同時に歯の萌出障害に関連する論文や著書を多数発表されました。当時口腔生理学講座に在籍していた私は、小児歯科学講座から派遣されてくる大学院生たちといっしょに基礎研究をさせていただきました。

教育では、新潟大学の学際的オムニバス科目である、「食べる」という科目のコーディネートを担当されました。「食べる」は、100人の定員のところ、1,000人の受講希望者が集まるほど盛況でした。さらに、その講義内容をまとめ、「食べる」「続食べる」「食べる 成育編」「新潟発 食べる」「食べる 介護編」の小冊子を編集出版されました。私も「食べる」のオムニバス教員として講義の一部を担当させていただき、小冊子も分担で執筆させていただきました。なお、「食べる」で、野田氏は、平成17年度の新潟大学教育褒賞を受賞されています。

以上、ご功績のほんの一部のみを紹介させていただきましたが、野田氏は、小児歯科をベースに、診療、研究、地域貢献など、多方面にわたって貢献されてきており、その功績は非常に顕著なものがあります。

最後になりましたが、このたびの受章、まことにおめでとうございます。今後もお元気で、ますますのご活躍を祈念しています。